【赤裸々な本音】 家族が入院したとき、医療者は名乗るべきか ― 看護師として、患者家族としての経験から ―

こんにちは。栗原佳子です。

今日は、アメブロでは少し触れた医療者の家族が入院したときのリアルについて、もう少し赤裸々に書きたいと思います。

このテーマは、医療者であれば誰もが一度は悩む問題です。

「自分や家族が医療者であることを、病棟スタッフに伝えるべきか」

これは正解のないテーマで、正解があるとするならば、その時の現場の状況と、家族の状態に
よるという答えに尽きます。

ですが、その判断の背景には、医療者ならではの複雑な感情と経験があります。

なお、ここで書いていることは、特定の病院や、特定のスタッフを指した話ではありません。
医療の現場で、立場が変わると起こりやすい「あるある」を書いています。

医療者家族の“圧”を感じるときもある

私は、看護師、患者、患者家族として病院に関わる中で、こんな場面に出会ったことがあります。

医療従事者である家族が、病棟に強い剣幕でクレームを言いに来られたのです。

もちろん、患者さんを大切に思う気持ちは痛いほどわかります。
ですが、それと同時に、私はこんなふうに感じていました。

「まずは事実確認をしてほしい」
「感情的ではなく、冷静に話してほしい」

強い言い方をされると、スタッフはどうしても萎縮します。

監視されているような気持ちになり、本来の力を発揮できなくなるスタッフもいます。

これは、現場で働いていたからこそ痛感したことです。

「うるさい家族」認定は、患者の不利益につながることも

これは医療従事者として非常に恥ずかしい話ですが、事実です。

強い言い方を続ける家族は、スタッフの間で
「やりにくい家族」
「うるさい家族」
と認識されてしまうことがあります。

そして、その影響が向かう先は、実は患者本人や、患者のそばにいる頻度が高い家族です。

本来は公平であるべきですが、人間が人間を看る仕事ですから、心理的な圧が現場に影響する
ことはあります。

私はそれを知っているからこそ、自分が家族の立場になったとき、とても気を遣います。

医療者であると伝えることで生まれる、別のデメリット

家族が入院した時医療者は名乗るべきか

さらに、医療者であると伝えることで、こんなことが起こる場合もあります。

「知っている前提」で説明が省略されてしまう

本来は丁寧に説明されるべき内容が、「医療者の家族なら分かるだろう」と簡略化されてしまう。

インフォームドコンセントが浅くなり、重要な説明が抜けるリスクもあります。

「医療者なのだから理解してくれるはず」という期待

家族として不安な気持ちでいても、「医療者なのに、なぜ分からないの?」
そんな空気を感じることがあります。

結果として、疑問を聞きにくくなったり、意見を言うことをためらってしまう。

「クレームを言うと、医療者のくせにと思われるのではないか」
そんなプレッシャーが生まれることもあります。

・入院している本人が、気を遣いすぎてしまうことも
特に高齢の親は、「医療者の娘(息子)に迷惑をかけてはいけない」
と、必要以上に我慢してしまうことがあります。

 医療者であると伝えた途端、対応が良くなるという現実も

これは、できれば書きたくない、もう一つの真実です。

患者の家族として付き添っているとき、病院スタッフに私が看護師であることを知られた瞬間、
対応が明らかに変わった経験が何度かあります。

・説明がより具体的で丁寧になる
・経過報告がこまめになる
・看護の質が引き締まる

これは、一見すると良いことに見えます。

ですが同時に、「本当は、誰に対しても同じ質であってほしい」そんな思いが湧くのも、正直なところです。

ただ、医療の現場は人と人が関わる場所です。

見られていると感じることで、より慎重になり、確認を重ねる。
そんな人間らしい側面も、確かに存在します。

医療者相手だと、スタッフは「きちんと応えたい」「間違えたくない」と感じ、結果としてケアが引き締まることがある。

それもまた、現場を知る者としては理解できる現実なのだと思っています。

そして、その延長線上に、医療者であることがプラスに働く場面も、確かに存在します。

医療者の家族がいると、「理解が早い」「話が通じる」と認識され、医師や看護師が遠慮なく
詳しく説明できることがあります。

また、「状態変化に気づいてくれそう」「異変があればすぐ教えてくれそう」と、情報共有が密になることもあります。

これは、早期発見やトラブル防止につながる場合もあります。

さらに、医療方針や処置の意図を理解してくれる家族がいることで、スタッフ側が安心すると
いう側面もあります。

医療者が家族にいることで、家族全体が守られる

そして、私が最も大きなメリットだと感じているのが、ここです。

家族が不安でいっぱいのとき、医療の説明は、どうしても難しく感じます。

医師の説明は正確でも、不安やショックが重なると、言葉がそのまま頭に入らないことがあり
ます。

そんなとき、医療者が家族にいることは大きな支えになります。

・専門用語を、家族にわかる言葉に翻訳できる
・家に帰ってから、もう一度ゆっくり説明できる
・家族の感情と、医療側の意図の橋渡しができる

家族が冷静さを取り戻し、患者さんに安心して寄り添える空気をつくる。

これは、医療者である家族だからこそできる役割です。

私がたどり着いた答え

これは私なりの方法ですが、ご紹介します。

 ① 最初は、医療者であることを伝えない。
その病棟の雰囲気、ケアの質、スタッフの力量を静かに穏やかに観察します。
良いケアが提供されているなら、自分からは言いません。

② 気になる点があれば、「医療者の雰囲気」をうっすら出す。
専門的な言葉を交えて話したり、質問をする。
これだけで察してくれるスタッフは多いです(笑)。

③ 他の家族とも相談して、納得できないことがあれば、はっきり医療者であることを伝える。
あくまでも、穏やかに「説明していただけませんか」と言えば、スタッフもしっかり向き合ってくれます。

④ 良いスタッフには、必ず名指しで感謝を伝える。
ご本人に直接、「〇〇さん、いつも丁寧に体を拭いてくださってありがとうございます。父も気持ち良かったと言っています。」のように感謝をお伝えします。
そして、時には、師長さんに伝えることもあります。

この関わり方が、結果的に患者さん全体の安心につながると感じています。

レイキが助けになる理由

医療を知っているからこそ、見えてしまうこと、揺れてしまうことがあります。

レイキは、そんな医療者ゆえに揺れやすい心を、静かに整えてくれる存在です。

・必要以上に不安に飲まれない
・冷静に判断できる
・感情に振り回されない

これは、私自身が何度も助けられてきた実感です。

レイキは、患者さんを支える家族や、医療の現場に関わる人が、自分の心をすり減らしすぎないために使うこともできます。

おわりに

おわりに、私自身の経験から感じていることを書いておきます。

看護師に限らず、医療に携わる人の多くは、「誰かを助けたい」「役に立ちたい」「力になりたい」そんな想いを胸に、この仕事を選んでいます。

心からの「ありがとう」は、何よりもうれしく、「この仕事をしていて良かった」と思える瞬間でもあります。

私自身も、「ありがとう。あなたで良かった」この言葉は、今でも忘れられない、最高の誉め
言葉です。

クレームは、立場的にも気持ち的にも言いにくいことがあります。
でも、良かったことや感謝は、意外と伝えやすいものです。

人は、感謝されると、「次はもっと良い関わりをしたい」と自然に思うものです。

ただし、ひとつだけ。
看護師は「人を観るプロ」です。心にもない言葉は、ちゃんと伝わってしまいます。

だからこそ、本当に感じた「ありがとう」をそのまま言葉にする。
それが、結果的にいちばん、患者さんを守る関わりになることもある。
私は、そう感じています。

医療者であることを伝えるかどうか。
そこに、絶対的な正解はありません。

大切なのは、その選択が、患者さんにとって良い結果をもたらすかどうか。
かけがえのない大切な人が、最良の医療を受けられることにつながっているかどうかです。

そして、その判断をするときに必要なのは、正しさよりも、落ち着いた心と、相手をまっすぐに見る余裕なのだと思います。

レイキは、そんなふうに人と向き合うための、自分の心を静かに整える時間として、役立ってくれるものです。

初心者の方も気軽に受けられるレイキ体験講座もあります。レイキの基本の基本が学べ、レイキヒーリングも体験できますよ。

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